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匿名ニートさんのブログ

不器用ながら器用に生きる

ごめんなさいって言うようなことなんかしたの?

 

 

タイトルは今週、友人から「ごめんね昨日…」と言われた時に返した言葉。

 

なんも悪いことなんてしてないのになんですぐに出てくる言葉が「ごめん」なんだろうか。もうね私は物申したい。なにも悪いことしていないのにごめんって言う奴らに。すぐごめんっていう奴らに。言いたい。もうごめんなさいって言うようなことをしていない時にごめんなさいっていうのはやめなさいと。


まず思うのが、みんな「ごめん」という言葉を身近なポケットにしまいすぎていると思う。ありがとうよりも先にすぐ出てくる。なんでなんだろうか。

 

今回この記事で書くのは謝罪の意味でのごめんとかすみませんについてね。

 

 

「私ったら本当に悪かったわ」と確信した時にだけ、ごめんって言葉を使えばいいんじゃないかなぁ。最近思うんだよ、(何も悪いことされてないのになんで私この人にごめんって言われてるんだろう)って。(なんでこの人すみませんでしたって言ってるんだろう)って。

 

空気的に悪者が作られて(お前……)って空気ができたとしても

あなたは絶対間違っていないのに。なんですぐ謝るの?

相手のことを傷つけたわけでもないのに、なんならあなたの方が傷ついているのに、なんでこの後に及んであなたは謝るの?

 

そういう場面と出くわすたび、私が今責められているこの人だったら相手のこと詰めてたなーと思うんだけど、ヘラヘラごめんなさいって言うやつにもムカつくんだよ。お前のごめんなさいはそんな安くないだろうって。

目上の人だろうが取引先だからっていう理由だろうが私だったらなんも悪いことしていないんだったら謝らないよ。だって相手が期待している言葉を言うのは簡単だけど、そんな相手の欲しい言葉や行動だけで作られた信頼関係、長続きしないだろうしいくらにもならないだろうから。

ま、ここは日本なんでね、謝ったり感謝したり社交辞令は大事だしお忙しい言葉合戦はきっと今日も繰り広げられるんだろうけど、何も悪いことしていないのに一方的に相手に責められて謝る人多すぎだよ。

なにが彼らをそうさせるんだろうね。権力とか、立場なのかなぁ。

「ごめんなさい」「すみません」と心なしでも謝罪してその場を過ごしている人を見ていると、不思議なことに自信のない顔つきになっていく。どんどん目上の人と関わるのが嫌になる。いつか自分よりも下の立場の人たちにもその言葉を強要するようになる。うん、そりゃそうだよな、それが言葉の力だ。

だから友人や後輩が悪いこともしていないのに、すごく悪いことをした時のような温度で謝ってきた時はこう言うよ。「何か悪いことしたの?」って。そうすると大体詰まる。そう、何に対して謝ってるのか大体相手はわからなくなる。だから私は続けて「どうせごめんなさいって言うんだったら、ちゃんと悪いことしてからにしないとね」と言う。

 

私って暇なんだろうね。で、すごく嫌なやつだからこうやって屁理屈みたいなことばっかり友達にまで言っちゃうんだよ。でも、友達が被害者意識とか、申し訳ないとか気まずいとかいう感覚で私と向き合って欲しくないなっていうのがあるからついついおせっかいなことばっかり考えちゃうんだよな。

 

でも思い返してみてよ。言わなくてもいい「ごめんなさい」に心当たりはないかい?

 

私はそもそもごめんなさいって言わなくてもいいように動くことは意識しているんだけど、私の考えを誰かに100%反映させたらこの世に休日引きこもりが増えるだけなのであまりオススメはできない。

けれど、日常、特にお仕事とかオフモードの自分との境界線はあいまいだよね。空気ごめんなさいとかよくあるよね。でもそういうときにごめんなさいとかすみません、即ち謝罪の言葉を軽々しく使わないようにしようよ。

(本当に悪いことしたな……)って時に取っておかないと、日常茶飯事にごめんなさいって言葉を使っていたらいざという時に「それ本当に思ってんの?」って言われたり、(どうせ次もやる)って思われたりと、良いことは少ないんだよ。すみません顔になるしね。嫌っしょそんなん。

 

 

少なからず、私は友達からはごめんって言われたくないなー。

 

相手がごめんって言うような立ち回りをするのもいけないよね。だから私はまだまだ未熟ってことだ。と今週私は思いましたとさ。